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自衛隊のスキー  一部の自衛隊員しか知らない「謎のスキー」について語ってみました。

今回は英語の話と全く関係がありません。

「自衛隊のスキー」です。

自衛官、特に陸上自衛官にとっては当然の事なのですが、陸上自衛隊でも降雪地の部隊においてはスキー訓練が行われています。
冬季の戦技訓練の一つです。

自衛隊のスキー、実は世界で技量的に最高レベルらしいです。


そもそも他国ではヨーロッパを除けばほとんど実施していないと思いますが。


日本ではとりわけ積雪地の普通科(歩兵)の部隊においてスキーは冬季訓練のメインといってもいいほどです。

今回は自衛隊時代に私が経験したスキー訓練についてお話しします。

まずスキーについて説明いたします。

一般的にスキーの種類は大きく分け2つ。

まず
アルペンスキー

皆さんよくご存知のスキーです。スキーと言えばこれを思い浮かべると思います。

アルプス地方で発達したゲレンデスキーです。

斜面を滑り降りるスキー。ターンしやすいようスキー板にはサイドカーブという曲線が施されており、金属のエッジによって鋭いターンが可能になっています。

このスキーはターン操作が容易です。

スキーの靴はつま先、かかと部分はもとより脛の部分までしっかり固定されます。
スキーのワックスは斜面を下るだけのための滑走用ワックスを使用します。
ストックは腰よりすこし低めの短いものを使用します。
スキーの長さはスラローム用と滑降用で異なり、スラローム用はターン性能重視で短め。
滑降用はスピード重視で長めです。



もう一つは
ノルディックスキー

北欧で発達したスキーです。
ジャンプ競技とクロスカントリーが主です。

平地での滑走性能を重視しますのでスキー板にはアルペンスキーのようなサイドカーブがありません。
スキーの形状は直線です。簡単に曲がれません。
よってターンは基本的に足を交互に踏みかえるステップターンで行います。
平地での滑り重視ですから、滑走性能を損なう金属エッジはついていません。
靴はつま先だけが固定されています。かかとは浮きます。
このことで、「スキーを後方に蹴る」という運動が可能になります。

ワックスはジャンプとクロスカントリーのフリー走法では滑走ワックスのみですが、クロスカントリーのクラシカルスタイルでは滑走ワックスに加えて後方に蹴るためのグリップワックスを滑走面の中央部に塗ります。

ノルディックスキーでは気温や湿度、雪面状況に応じたワックス選定が非常に難しい。

そして
「自衛隊スキー」

「自衛隊スキー」という言葉があるかどうか分かりませんが、自衛隊だけておこなわれている軍用スキーのことです。
前述したように一般的にはあまり知られていませんが、自衛隊のスキー技術は軍用スキーの中で世界最高峰と呼ばれています。

しかしその要求される技量というのは多くの方がイメージされるオリンピック競技で見るスキーと一見似ているようで実は全く異なるものです。
つまり「軍用スキー」なわけですから。

スキーで行軍するのはもとより、戦闘訓練もスキーをつけてする。小銃や機関銃射撃をしながらスキーで突撃する、戦車や装甲車にロープで牽引してもらい移動するジョーリングjoringというのもあります。

自衛隊には当然スキー経験者も入隊してきますが、自衛隊スキーを初めて経験したときの衝撃は非常に大きい。常識的な「スキー」と全く違うからです。

自衛隊で行われているのは基本的にはノルディックスキーです。
自衛隊の戦技訓練の中で行われているのも基本的にノルディックスキー。
というよりも実は軍用スキーそのものがノルディックスキーを発展させたといった方が正しいでしょう。

日本に初めてスキーを伝えたのもオーストリア陸軍のレルヒ少佐で日本陸軍に「戦技」として教えに来たわけですから。


自衛隊ではスキー靴として冬季の戦闘靴をそのまま使います。
固定するのはつま先のみです。かかとは浮きます。
スキーの長さは概ね身長と同程度でサイドカーブとエッジのあるアルペン用のスキー板を使います。


つまり、同じスキー板でアルペンとノルディックの両方を兼ねる自衛隊独特のスキーです。

自衛隊ではこのスキー板でゲレンデスキーと平地のスキーの両方を行います。
これが自衛隊スキーが「最も難しい」とされる理由です。
かかとが固定されていないスキーでゲレンデを滑るのは本当に難しい。

国内のニシザワ、オガサカ、オガワ、カザマ、ハガといった有名スキーメーカー何社かがこの自衛隊仕様の板を納入していましたが、私はニシザワのスキーがよく滑ると思いました。
ただ、当時は木製でよく折れました。折れるのは滑走中ではなく、コースの溝を作るため新雪を踏み固める時によくトップのあたりが折れました。

ストックは独特の自衛隊仕様で長さはクロスカントリーとアルペンの折衷でクロスカントリースキーのそれより若干短めです。私の頃は竹ストックでグリップ、手革、雪輪、石突を自分で取り付けていました。もちろん長さは好みで自分で決めます。

「冬季戦技教育隊」というのが札幌の真駒内にあります。
バイアスロン(冬季近代二種)のオリンピック日本代表選手はほとんど全員のここの所属です。

私がいた「冬季戦技訓練隊」は各部隊で臨時編成されるスキー専門の訓練隊です。
11月から2月にかけて特別編成されます。特に普通科(歩兵)、特科(野砲)、戦車、通信、高射特科といった一線部隊ではこの訓練に力が入っています。
とりわけ、歩兵(普通科)の部隊が「戦技で他部隊に負けることは許されない」という不文律が普通科にあります。
何に関しても常に一番でなければならないというプライドが普通科にはありました。


2つのスキー戦技

まず
冬季近代二種

冬季近代二種(バイアスロン)はクロスカントリースキーと射撃の複合競技です。
オリンピック種目ですからよくご存知だと思います。オリンピックの場合、クロスカントリーの周回コースで二度の射撃があります。的までの距離は短い。射撃は破砕的で実施され、撃ち損じて的が残った場合はペナルティで周回コースを走らなければなりません。


自衛隊の場合は7~10㎞の距離走。周回コースで途中二回の射撃があるのは同じですが、的までの距離は長い。私たちの場合はいつも200メートルでした。合計10発の得点射撃で中心に近い射的ほど高得点となりこの得点の合計が時間換算されその分がクロスカントリーのタイムから差し引かれます。これによって順位が決まります。


オリンピック競技と自衛隊の冬季近代二種が異なる点は、自衛隊の場合、装備、服装はあくまで軍装。ヘルメットに戦闘服、冬季の戦闘靴に自衛隊仕様のスキー板、ストック、自動小銃で行われるということと、弾倉への弾込めと装填は射場で行うため、その手際の速さも要求されます。

私がやっていたのはこの冬季近代二種(バイアスロン)です。


アキオ曳行

「アキオ」というのは聞きなれない言葉だと思います。おそらく日本では自衛隊でしか使用されていないのではないでしょうか。

フィンランド語の ahkio でスノーボートのことです。スキー場などでけが人を搬送するときの橇(そり)と言えばお分かりになると思います。

100キロ以上の重量を積んだこのアキオを4人ないし5人のチームで引き綱をつけて縦列で引いて走る競技です。走力とスキーの操作技術、チームワークが要求される競技でチームはスキー上級者で編成されます、スキー競技の中で最も難しい戦技です。

7~10㎞の距離走で、タイムで順位が決められます。この競技では走力のバランスとスキー操作のテクニックが要求されます。特に下りでは誰かが転倒したら全員転倒しかねません。
上り坂や平地では走力、牽引力の勝負になりますが、下りもあるのがこの競技の難しいところです。スキーの操作技術と牽引しているアキオのコントロールが難しい。

ターンでアキオがコース外へ滑っていくこともしばしばです。

実際の冬季演習では機関銃や無反動砲のカールグスタフを積んだアキオを上手くコントロールできずに下り坂で「轢かれる」隊員を何度か目撃したことがあります。

私はアルペンもクロスカントリーもできますが、自衛隊のスキーはそれを経験している人にとっても「全く別もの」です。

自衛隊を除隊してスキー場でゲレンデスキーをしたりクロスカントリーの大会に出たこともありますが、その時の実感は「ああ、何てスキー板が軽いんだ。よく曲がる。楽しい。」

自衛隊スキーはその真逆。「重い。操作が超難しい。辛い。楽しいなどと一度も思ったことが無い。」それが「自衛隊スキー。」

私は11月から2月までこの「冬季戦技訓練隊」勤務を命ぜられていまいした。

スキー専属です。
スキーだけしていればいいのですから楽だと思いたいですが
全く逆です。

雪が降るまで体力錬成でひたすら走り込みます。当時の旭化成の陸上部よりひと月の走行距離が長いことを知ってビックリしました。

午前と午後、とにかく走ります。午前中の30キロ走などは早く部隊に帰らないと昼食にありつけないという思いで必死に走りました。午後も当然走ります。

とにかく走る。それが仕事です。

クリスマスの出会い

冬季戦技訓練隊は初冬に雪を求めて天地訓練をしますが、クリスマスの頃、北海道の中山峠スキー場で錬成訓練をしていた時の事です。

私たちはもちろんゲレンデではなく人目につかないスキー場外の林間のコースで軍装でクロスカントリーのトレーニングをしていました。

手には軍手、頭は戦闘帽に耳当てです。帽子のつばや髪の毛にはつららが下がり顔は鼻水とつばでグシャグシャです。

そこにゲレンデの方から迷い込んで?こられたカラフルなスキーウェアに身を包んだ東京方面からスキーツアーで来られたと思しきお嬢様方のグループが通りかかかります。


私たちに遭遇した一行はその顔に当惑と憐みの表情を浮かべ明らかに「この人達は一体誰なの? ひょっとして見てははならないものを見てしまったの。」といった感じ。


私がコース脇に立ち尽くす彼女たちの横を通り過ぎる時に発せられた言葉を今も覚えています。


「なんか、大変そう。」

そう。大変なんです。自衛隊のスキーは。

 

今回は以上です。
ご精読いただきありがとうございました。

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